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一瞬でポシャッたショー

少し時代が飛びますが、1980年秋にプレビューを始めた「One Night Stand」と言う舞台があり、JOHNはそれに出演しているのですが、これは8回公演をしたのみで、正式にオープンすることもないままクローズしてしまったそうです。
彼が出演した中では一番短命のブロードウェイ・ミュージカル。
リハーサルはもちろん、通常通り6週間していたわけですから・・・シビアな世界ですよね!

この舞台を振り付けしたのはピーター・ジェネロ。
1954年の映画「パジャマ・ゲーム」で、「スティーム・ヒート」と言うナンバーを踊っている男性ダンサーのうちの1人(画面に向かって右側)がピーターです。
彼についてはまたいつかあらためて書くことにします!



☆3月30日(日)
東京渋谷チャコットスタジオにて「シカゴ」ワークショップ開催!
 詳しくはチャコットまで。

JOHNのレッスンはこちらで受けられます。
BMTスタジオ
チャコット神戸スタジオ
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執着心のない人

数多くの舞台に出演し、正にブロードウェイの「ジプシー」だったJOHNですが、記念となるポスターを持っていないんです。
ダンサー仲間の友達の家に遊びに行くと、壁にズラズラズラ~~~ッ!と、これまで出演した舞台のポスターが飾ってあったりするのですが、JOHNはほとんどそういう「モノ」を持っていない。
今から彼が出た舞台のポスターを全部集めようとしたら、それもオリジナルのポスターなんて集めようとしたら、大変な金額がかかってしまいます。

日本に引っ越して来る前にガレージセールをしていた時のことですが、無造作に積み重ねられている古いレコードの山を見ると、オリジナルキャストのサインが入った「コーラスライン」のレコードなんかも混ざってる。
正にそれを取ろうとしている男性に「これは売り物じゃありません!」と言って取り返したことがあります。(笑)

ま、結局そのアルバムは、再びクローゼットに眠っていたりするわけで、別に持っているからどうってことでもないのですが・・・(笑)
思い出は全て頭の中に、って感じですかね。かなり忘れてしまっているところもあるようですが。(笑)



☆3月30日(日)
東京渋谷チャコットスタジオにて「シカゴ」ワークショップ開催!
 詳しくはチャコットまで。

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日本食との出会い

1960年代後半のことです。
JOHNはマチネを終えた後、夜の舞台までに食事をしようとNYの街を歩いていた時に、見かけたことのないレストランを発見しました。
まだお店は準備中だったのですが、ドアを開けて中の様子を覗いてみると、大きな刀のような包丁を持った人がカウンターの後ろで何かしています。
その人が手招きしてくれたので、JOHNは中に入ってカウンター席に座りました。

ここはもちろん、お寿司屋さんです。
今でこそ多くの和食のお店がNYにはありますが、当時はまだほとんどありませんでした。
その板前さんは、巨大なマグロの切り身を切り分けていて、JOHNに試食をさせてくれたそうです。
それが初めて食べたお刺身。
以来病み付きになり、舞台仲間を次々連れて、しょっちゅう食事をしに通ったそうです。

JOHNは日本食が大好き。
お寿司だけではなく、本当に何でも食べますが、こうして日本に住みだして、手軽に美味しい魚介類が手に入るようになったことは、やはりとっても嬉しいようです。



☆3月30日(日) 
東京渋谷チャコットスタジオにて「シカゴ」ワークショップ開催! 詳しくはチャコットまで。

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忘れられないオーディション

「Jesus Christ Superstar」(ジーザス・クライスト・スーパースター)
この舞台のオーディションに、JOHNの記憶では200人以上のダンサーが集まって来たそうです。
朝の9時頃から夕方5時頃まで、それは延々と続きました。
歌、演技、ダンス・・・それもバレエにジャズにモダンにシアター、ありとあらゆることをさせられたそうです。
真夏のとっても暑い日に、エアコンも扇風機もないスタジオで。
身に着けている物は全て汗でぐっしょり。

踊っては人数が減らされ、また踊っては更に人数が減らされ、となっていくわけですが、皆汗だく状態であることには変わりありません。
一人、また一人とシャツを脱ぎ・・・タイツを脱ぎ・・・最後にはダンスベルトと呼ばれるサポーター1枚に。

・・・・・・しかも女性まで!?

最終的には、スタジオにいるほとんどのダンサー達が、男女共に下着(下だけ)一枚で踊っている状態になっていたそうです。
そりゃ~~~さぞかしすごい光景だったことでしょう!

「よかったよ~♪」とJOHNは嬉しげに話してくれました。(笑)
その翌日彼は極度の筋肉痛のため、ベッドから自力で起きられなかったそうです。

そして別の日に、コールバック(大抵の場合はそれが最終オーディション)に行ったのですが、そのときには振り付け家が降りていて、演出家によるステージングになっており、JOHNにとっては何とも理解に苦しむ不思議な動きばかりだったため、オーディションを受けるのを止めて帰ってしまったそうです。



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世界一体の硬いダンサー

JOHNを見ていて思うことです。
かなり自信があります。(笑)
正確には「元ダンサー」ですが・・・でも現役時代も相当硬かったようです。

僕が踊っていた頃は、男性は柔軟性を必要とされなかった!
とおっしゃいます。
確かにそうだったようです、ある程度は。(笑)

実際、跳躍力や回転力などが求められたようで、私が初めて彼と知り合った17年前でも(当時彼は48歳でしたが)、彼の動きは本当にシャープで、「何なんだこの人!人間ってこんな動き方ができるのか!?」と思うほどでした。
リハーサル中、彼が実際に動いて見本を見せるたびに、少しも見逃すまいと必死になると同時に、その動きと表現力にイチイチ感動していました。

今でもレッスン中、実際に動きます。
動きはアシスタントに任せる先生や振り付け師の方もいらっしゃいますが、彼は自ら動かずにはいられないタイプです。
長年使い込んだ体ですから、20代の頃のようにはいきませんが、普通の65歳の動きではないことは確かです。(あ、まだ64だ!)



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George M 同窓会

「George M」の同窓会が、キャストだった人のお家で開かれ、家族で参加したことがあります。
こんな風に、クローズした舞台の「同窓会」と言うのが、アメリカでは時々あるようですね。
「コーラスライン」の歴代キャストが集まるホームパーティーにも、参加したことがあります。
私はこの「George M」同窓会で、バーナデット・ピータースにお会いしました。

私がバーナデットを初めて見たのは、アメリカに住み出してしばらくしてからのこと。
テレビで流れていたアイスクリームのコマーシャルででした。
「なんてきれいな人なんだろう!」
以後そのCMが流れると必ず、画面に近づいて食い入るように見つめていました。(笑)

ご本人に、正にどアップでお目にかかりましたが、CMと寸分たがわずものすごくきれいでした。
彼女は舞台だけでなく、テレビや映画にも出演されています。
クリント・イーストウッド主演の「ピンク・キャデラック」や、1982年版の「アニー」などなど。

アメリカではホームパーティーがよくあります。
みんな本当に気さくで、招く方も招かれる方も楽しみ方を心得ている、と言うのが実感されます。
私は最初の頃、自分が招く側の時はいつもとても緊張して、「何人来るの?」「何時に来るの?」「食べられないものは?」等と色々心配していましたが、慣れと言うのは恐ろしいもので、何年も経つといつ誰が来ようがほとんど気にならなくなり、ゲストをこき使うまでに変身していました。(笑)



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George M

ジョージ・M・コーハン、と言う人を知っていますか?
1878年アメリカはロードアイランド州の、とあるボードビル一家の息子として生まれ、幼少時から舞台に出演。
後に、ダンサー・シンガー・脚本家・作詞・作曲家・演出家・プロデューサーとして、多彩な才能を発揮した人物です。

このジョージ・M・コーハンの物語を舞台化したものが、「George M」。
主演はジョエル・グレイでした。(映画「キャバレー」で、アカデミー助演男優賞を受賞した人です。ジョエルに関してはまたいつか改めて書きますね。)

JOHNはこの舞台では、ミュージシャン役で実際にドラムスを演奏しています。
彼を含めて6名、楽器を演奏するパフォーマーがいたらしく、その人たちは全員、ミュージシャンの組合に入るように言われ、ミュージシャンのギャラが支払われたそうです。
(アメリカでは組合のシステムが実にしっかりしていて、ミュージシャンの組合、舞台俳優の組合、スタッフの組合等色々あるのです。)
アンサンブルで出演するダンサーのギャラよりも、高かったそうですよ。

コーハンの伝記物、映画では「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディー」と言う作品があり、ギャング映画で有名なジェームズ・キャグニーが、コーハン役を演じています。
キャグニーはもともとダンサー出身ですが、それを知らない人が見たらびっくりするかもしれませんね。

JOHNが後に「DANCIN'」に出演していたとき、キャグニーが舞台を観に来たそうです。
キャストは皆、彼が楽屋に来てくれるのを楽しみにしていたのですが、当日本人の体調が悪くて楽屋には寄らずに帰られたらしく、JOHNにとってキャグニー氏は、是非会いたかったのに会えなかった人、だそうです。
ただ、キャスト宛てにとても心のこもったお手紙を残して下さったそうで、それはキャストの休憩室にずっと貼られてあったそうです。



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6月発表会

BMTスタジオは、6月29日(日)に森ノ宮青少年会館で行われる、関西ジャズダンス協会の合同発表会に参加します。
今日はスタジオで、BMT出演メンバーの顔合わせがありました。
過去にJOHNとのリハーサルを経験しているメンバーもいれば、今回初めて参加するメンバーもいます。
リハーサルでは、普段のレッスンにも増して、常に集中していないといけませんし、沢山のエネルギーも要求されますが、その分大きな充実感を得られるでしょう。
ハードでも楽しいリハーサルです。みんな、頑張りましょうね!

普段のレッスンの中でも、本番で踊る曲を使っていきますが、いつも通り、発表会に出演しない人もレッスンは受けられます。 どうぞご心配なく♪



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ハスラー時代

ちょうどこの1960年代、JOHNはプール(日本ではポケット・ビリヤードと呼ぶようです。普通のビリヤードとの違いはわかりません!)に大変凝っていたそうです。
行きつけのプールバーで知り合った、本物のハスラー“ギリシャ人アレックス”に、とても気に入られ、彼に鍛えられて相当腕を磨いたそうです。

とは言ってもお金を得ることが目的だったわけではなく、あくまでも趣味で。
でも毎日のように、午後2時ごろから、舞台本番30分前ぐらいになるまで(7時半ごろ)、プールバーに入り浸っていた時期があったそうです。(ウォームアップは?笑)

プール仲間には、1975年度版のオリジナル「CHICAGO」で、弁護士ビリー・フリン役を演じたジェリー・オーバックや、コロンボ刑事でお馴染みのピーター・フォークなどもいたとか。
そのプールバー、映画のセットみたいですよね。(笑)



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ケリー氏との再会

「Henry Sweet Henry」に出演していたとき、「Hello, Dolly!」の映画版のオーディションに行くよう、エージェントから言われて、西海岸に送り込まれたそうです。
このとき、映画の監督を務めたジーン・ケリーと再会したのでした。

JOHNは「Dolly」がオープンしたときは、アンサンブルで出演していたのですが、ドーリー役がキャロル・チャニングからジンジャー・ロジャースに代わった頃には、「バーナビー・タッカー」と言う役を演じていて、オーディションもこの役のためのものでした。

これはプライベート・オーディションだったので、受ける側はJOHNだけです。
映画のセットで、ちゃんとお衣装もつけて、リハーサルもして・・・ストーリーの中のワンシーンを撮影したそうです。
かかった時間は2~3時間。他の人たちにも同じように時間をかけていたことでしょうから、オーディションだけにでも大変な時間が費やされたことになりますね。

この時、歌やダンスはなかったそうですが、ケリー氏はJOHNのことを覚えていたらしく、彼がダンサーであることは知っていました。
残念ながらオーディションには受からず、映画版への出演はできなかったのですが、憧れのジーン・ケリーと実際にリハーサル・撮影と言うプロセスを経験することができ、本当に嬉しかったそうです。

私からすると、なんだか夢の話のように聞こえます。(笑)



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Henry Sweet Henry

これがJOHNの、4作目のブロードウェイ出演舞台ですが、1967年の10月にオープンして2ヵ月半でクローズしてしまったそうです。
主演はドン・アメチ。

この舞台の中で、男性6人がバスローブを身にまとって出てきて、パッとローブをとられたら、中は素っ裸で腰にタオル一枚、と言う格好になるシーンがあったそうですが、JOHNは一度、タオルを付け忘れて出てしまったことがあるそうです。
一応ベージュの小さな下着ははいていたのですが、ローブを取られた瞬間、主演のドンがJOHNをびっくりした顔で見るので、え?と思って下を見て自分もびっくり!
観客は大爆笑だったそうです。コメディシーンでよかったです。(笑)



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訛りと言えば

NY市には、ブロンクス、ブルックリン、クイーンズ、スタッテンアイランド、そしてマンハッタンと、5つの区があります。
一般に「NY」と言うと、マンハッタンを意味することが多いと思いますが、それはNY市の中のほんの一部、そしてNY市はNY州のほんの一部です。

JOHNはこの、NY市にあるブロンクスの生まれです。
そしてブロンクスには「ブロンクス弁」があるのです。
あれだけ大きな国ですから、色んな方言があるというのは容易に想像出来ますが、NYと言う地域の中でまで、場所によってクセがあったりするのですね。
ブロンクス弁は非常にそのクセの強いものらしく、JOHNは舞台に出るようになって「言葉を直せ」と言われ、発音のレッスンを受けに通ったそうです。

一番苦労をしたのは「T」の修正だったそうで、普通なら「ティー」となるところが、ブロンクス弁では「ツィー」と言う音になる・・・
「テスト勉強をする」が「ツェスト勉強をする」になってしまうわけですね。
他にももちろんいっぱいあったそうですが、そのレッスンのお陰で今ではきれいな英語を話しますよ。(笑)

普段の彼のレッスンでは英語が使われます。
BMTスタジオのレッスンには、大抵私もおりますので、肝心な箇所は通訳しています。
彼も日本語は、少しは分かるのですが、まだまだ苦手。
分かる範囲内で頑張って使ってはいますが、時々「右手」が「右足」になっちゃったり、「続き」が「すすぎ」になっちゃったりします。
でもみんな、そういう部分も楽しんでいるような・・・?(笑)



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ジャン・ミネオと言う名前

私が初めてJOHNと知り合ったのは、「その男ゾルバ」と言うミュージカルのリハーサルの時だったのですが、渡された台本に書いてあった「演出補・振り付け ジョン・ミネオ」と言う名前を見て、「あれ?日系の人?」と思いました。
実際にはJOHNは、イタリア系アメリカ人です。
祖父母の代で移民してきたそうで、彼自身はアメリカ生まれのアメリカ育ちですが、血は純粋のイタリア人です。
そしてこの「ミネオ」と言う姓は、イタリアではよくある姓なんだそうです。

JOHNと言う名前は、現在では「ジャン」とカタカナ表記しています。
ゾルバの台本にあったように、以前は「ジョン」と書かれていたのですが、正確な発音では、完全に「オ」の音にはならないんですね。
「オ」と「ア」の間の音のような・・・。
以前アメリカに住んでいたとき、彼のことを知っているバレエの先生のレッスンを受けた後、自己紹介をしようと思って「ジョン・ミネオの妻です」と説明すると、先生は「???」
何度も繰り返し言ううちに、「あ~~~!、ジャンね!」と言われ、やっぱり「オ」ではダメなんだわと再確認しました。
ところがずっと後になって、JOHNにその話をすると、「彼女はロシア人だから訛りがあって分からなかったんだよ!」(苦笑)

結局のところ、別に「ジョン」のままでもよかったようですが・・・
でも細かくこだわれば、やはり「オ」ではないし・・・
ただ本人に言わせると、「別にどっちでもいい」のだそうです。(笑)



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Waiter's Gallop (ウェイターズ・ギャロップ)

と言うのが、下の「Hello, Dolly!」で紹介した写真に写っているダンスナンバーです。
映画の方でもこのシーンはあるのですが、全く違う振り付けになっているそうです。
(舞台オリジナルの演出・振り付けはガワー・チャンピオン、映画の方は演出がジーン・ケリー、振り付けがマイケル・キッド)
舞台の方ではこのダンスナンバーは13分もあったそうで、ひたすらウェイター達のドタバタ。
しかし計算しつくされたドタバタです。

JOHNは写真にあるように、トレーにシャンパンボトルを乗せていますが、これはもちろんトレーにくっつけられてあります。
このダンスナンバーの中で彼は、写真の後ろに写っている階段を下りてきて、そのまま膝を曲げながらどんどん体を低くしていき、最後には上手(舞台に向かって右側)の端まで、トレーを持った腕を前に伸ばした状態で、うつ伏せになってスライド。
と同時に、トレーの裏に仕掛けられたスイッチを押すと、シャンパンボトルのコルクが下手(舞台に向かって左側)に向かって飛んでいく…

と言うのが、もともとの構想だったそうですが、別のウェイター役のダンサーが「そのコルクを僕が受け止めたらどう?」と言い出しました。
するとガワー・チャンピオンが、「でも君は階段の上にいるじゃないか」
ところがJOHNは「いや、やってみよう!」(笑)
それで彼は、うつ伏せになって滑っていくときに手首の角度を調整し、舞台中央の階段上に立っているダンサーに向けて、コルクを飛ばすようにしてみたそうです。(もちろん途中で後ろを向いて確認することはできませんから、全て勘です。)
無謀な試みのようですが、何回もするうちに、週に8回公演があるうちの何とか1回は、見事キャッチしてもらえるようになったそうです。
1週間のうち、たまたまその1回を観られたお客様たちは、ちょっぴりラッキーでしたね!(笑)



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Hello, Dolly!

JOHNが出演したブロードウェイミュージカル、3作目は「Hello, Dolly!」でした。
オリジナルのドーリー役はもちろん、キャロル・チャニング。
そして2代目はジンジャー・ロジャース。
あのフレッド・アステアの相手役として知られるジンジャー・ロジャースです。
彼女がドーリー役を演じていた時に、ジーン・ケリーが舞台を観に来たそうで、舞台後、彼が楽屋を訪れるとキャストは大感激。
JOHNはその後、ケリーと別の機会に会うことがあったそうですが、そのお話はまたいつか書くことにしましょう。
こちらも古いパンフレットを見つけたので、写真を1枚だけ。
左から3人目、難しい顔をして、シャンペンボトルをお盆に乗せて飛んでいる面長の青年がJOHNです。
写真をクリックしてくださいね♪
hello, dolly!




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Bye Bye Birdie その2

「Bye Bye Birdie」は、1961年、作品賞・演出賞・振り付け賞と、3部門でトニー賞を獲得しました。
そしてその演出・振り付けをしたのは、その後「Hello Dolly」の演出・振り付けも担当したガワー・チャンピオン。
自らもダンサーとして活躍したガワーの振り付けでは、大勢のダンサーを使って構成するステージングが見事だったそうです。

「Birdie」のキャストで、日本でも知られている俳優さんと言えば、ジュリー・アンドリュース主演の映画「メリー・ポピンズ」でバート役を演じたディック・バン・ダイクですかね。
キャストに入れ替わりがあったため、JOHNはディックとは3週間しかご一緒していないそうですが。



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Bye Bye Birdie

JOHNが出演したブロードウェイミュージカル、2作目は「Bye Bye Birdie」でした。
これはごくごく簡単に説明しますと、軍隊に入ることになったロックのスーパースターが、入隊前にテレビ番組で、1人のラッキーガールにキスをすることになり、それをめぐって色々と・・・と言うような筋のミュージカルなのですが、JOHNはその中でティーンエイジャーの一人を演じました。

ブロードウェイでの公演の後、ナショナルツアーに参加したそうですが、こういう場合ミュージシャン達は全員一緒に行きません。
メインのピアノやドラムス、リードトランペットの奏者など、5人ほどはNYから行くのですが、あとのミュージシャンはそれぞれ現地で見つけるそうです。
ですから各地方へ行くたびに、まずはミュージシャンのリハーサルがあるのですが、JOHNはいつもそれに参加し、しょっちゅうズル休みをしていたNYのドラムス奏者の代わりに、リハーサルでドラムスを叩いていたそうです。(笑)

「Bye Bye Birdie」のパンフレットを見つけました。
中心のロックスターの、向かって右側にいるベストを着た少年がJOHNです。
写真をクリックすると、大きくなって見易くなりますよ♪
bye bye birdie




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東京「CHICAGO」ワークショップ

チャコットさんの渋谷スタジオにて、3月30日(日)午後1時からと午後5時からの2回、「CHICAGO」ワークショップをすることになりました。
各2時間半のレッスンでは、軽くウォームアップをした後、ミュージカル「CHICAGO」の中から、「ME AND MY BABY」や、「ALL THAT JAZZ」の振り付けを指導します。
詳しくはBMTスタジオのHP「お知らせ」をご覧ください。
東京方面の皆様、どうぞふるってご参加を♪



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プロフィール

kyo

Author:kyo
こちらのブログには、レッスン情報や舞台のこぼれ話などを書いています。見学や体験はいつでも可能です。お気軽にお問い合わせ下さい♪

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